マンナム
少し反省した。私はあまりマンナム(出会い)を大切にしていない気がした。小さな出会いを大切にしようなんて最近あまり考えていなかった。反省したのにはきっかけがある。以前知り合った韓国の方が(一日だけ一緒に行動をともにした方)、私のことを韓国のネット新聞に書いていてくれてた。私はたいした事はしてないので何かすごいことが書かれているわけじゃないのだけれど、ただ私との小さな出会いを大切に思ってくれているのが記事を通してわかって嬉しかった。色んなことが、おそらく小さなきっかけから大きな何かに発展するんだろうな。小さなマンナムを大切にしていこう。
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伊藤野枝「自己を生かすことの幸福」(1923)より。
「他人によって受ける幸福は絶対にあてになりません。どれほど信じ、どれほど愛する人によって与えられる幸福にしても、私はそれに甘えすがってはならないと思っています。もちろん甘えられ、すがれる間は甘えるのもすがるのもいいと思います。けれども、何の理由にしろ、その幸福に離れたとき、取り乱すことのないようにしたいものだと、私は終始おもっています。しかしその覚悟は、やはり自分の生きてゆく目標を、どこにおくかによってきまるとおもいます。」
「私ももう少し若かった、まだ少女時代の夢が半分残っていた頃には、恋愛を本当に人生の第一義的なものにまつり上げていました。本当に立派な愛のためにはすべての自己を捧げつくすべきだと考えておりました。けれども間もなく私は、人間がそんな事で満足して生きていけるものでないという事が分かりました。いかに愛し合い、いかに信じ合って、一つ生活を営んでいても、要するに、二人の別な人間だという事実、その二人が各自に自分を生かそうとする努力を長く愛のために犠牲にして、幸福をとらえておくことは出来ぬという事を知りました。人間の本当の幸福は、決して他人から与えられるものではありません。自己を生かす事によって得られる幸福が本当のものだと私は思います。」
高村光太郎の「智恵子の半生」を読んでいるときも野枝の文章がふと思い浮かんだ。智恵子の生涯も「自己を生かすこと」ができていたら何か変わっていたのかなと。
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友達と読書会(書評会)を始めることにした。新しいことを発見したり考えが深まると良いな。
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伊藤野枝「自己を生かすことの幸福」(1923)より。
「他人によって受ける幸福は絶対にあてになりません。どれほど信じ、どれほど愛する人によって与えられる幸福にしても、私はそれに甘えすがってはならないと思っています。もちろん甘えられ、すがれる間は甘えるのもすがるのもいいと思います。けれども、何の理由にしろ、その幸福に離れたとき、取り乱すことのないようにしたいものだと、私は終始おもっています。しかしその覚悟は、やはり自分の生きてゆく目標を、どこにおくかによってきまるとおもいます。」
「私ももう少し若かった、まだ少女時代の夢が半分残っていた頃には、恋愛を本当に人生の第一義的なものにまつり上げていました。本当に立派な愛のためにはすべての自己を捧げつくすべきだと考えておりました。けれども間もなく私は、人間がそんな事で満足して生きていけるものでないという事が分かりました。いかに愛し合い、いかに信じ合って、一つ生活を営んでいても、要するに、二人の別な人間だという事実、その二人が各自に自分を生かそうとする努力を長く愛のために犠牲にして、幸福をとらえておくことは出来ぬという事を知りました。人間の本当の幸福は、決して他人から与えられるものではありません。自己を生かす事によって得られる幸福が本当のものだと私は思います。」
高村光太郎の「智恵子の半生」を読んでいるときも野枝の文章がふと思い浮かんだ。智恵子の生涯も「自己を生かすこと」ができていたら何か変わっていたのかなと。
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友達と読書会(書評会)を始めることにした。新しいことを発見したり考えが深まると良いな。
天木直人さんについて
天木直人さんが九条ネットから参議院選に出馬するのを5月末に知って、この一ヶ月間ひそかに応援してきた…。けれども、昨日の天木直人のブログ記事「朝鮮総連と9条ネットと天木直人」を読んだり以前書かれた北朝鮮に関する他の記事も読んだりして、彼の対北朝鮮(政府)バッシングはかなりひどいものがあるのを知り(「極悪、非道な北朝鮮」とまで書いていて驚いた)、北朝鮮を叩きながら「拉致問題解決なくして国交正常化なし」とする安倍政権とあまり違わないのではないかと思った。天木さんの小泉訪朝批判は共感するところも多いのだけれど…。
天木直人さんを顔とする(?)九条ネットが影響力をたとえ持ったとしても北朝鮮との関係は変わらないのではないか、九条の理念がますます空疎に響くのではないかと思った。天木さんが九条ネットから出馬したのが問題じゃなくて、九条ネットが天木さんを推したのが問題なのではないかとも思う。一体何のための九条なんだ?ということになってしまう。少なくとも私は九条ネットから離れたくなる。
天木さんは土屋公献氏が共同代表としていることが「選挙に不利に働くことはあきらか」と言うけれども、天木さんがいることが九条ネットの今後に不利に働くのではないだろうか。
「私にも話させて」というブログに書かれていた「護憲派は北朝鮮との戦争を容認するのか?」「護憲派がたたかうべきポイントは、改憲か護憲(反改憲)かではない。対北朝鮮攻撃を容認するかどうか、である」という問題提起を思い出す。
天木直人さんを顔とする(?)九条ネットが影響力をたとえ持ったとしても北朝鮮との関係は変わらないのではないか、九条の理念がますます空疎に響くのではないかと思った。天木さんが九条ネットから出馬したのが問題じゃなくて、九条ネットが天木さんを推したのが問題なのではないかとも思う。一体何のための九条なんだ?ということになってしまう。少なくとも私は九条ネットから離れたくなる。
天木さんは土屋公献氏が共同代表としていることが「選挙に不利に働くことはあきらか」と言うけれども、天木さんがいることが九条ネットの今後に不利に働くのではないだろうか。
「私にも話させて」というブログに書かれていた「護憲派は北朝鮮との戦争を容認するのか?」「護憲派がたたかうべきポイントは、改憲か護憲(反改憲)かではない。対北朝鮮攻撃を容認するかどうか、である」という問題提起を思い出す。
『北朝鮮の日常風景』/朝日祭
週末のこと。
土曜日は『北朝鮮の日常風景』(コモンズ)出版記念・石任生写真展に行ってきた。石任生さんがスライドを使って一枚一枚丁寧に写真の説明をしてくれました。内海愛子さんのお話もありました。KEDOの軽水炉建設の記録写真家であった石さんは7年間新甫市で暮らし、チャンスをねらっては市民の日常風景を写真におさめてきたそう。自由に撮影ができたわけではなく、見つかれば危険なことは承知で「隠し撮り」をしたわけれだけれどそこまでして写真を撮っておこうと思ったのはもちろん北朝鮮の人たちの日常の様子を外部の人たちに知ってもらうのもあるけれど、北朝鮮の人たちもいつかこの写真を見る日が来たらこの記録写真をありがたく思ってくれるだろうと考えてのこと。

石さんは北朝鮮にいる間、言葉の違いや習慣の違いなど気がついたことは何でもメモをして記録し常に学んでいたとのこと。一緒にKEDOの事業に参加した韓国人の中では全くそういうことに関心を向けない人も多かったようだが、石さんは何か情報が得られそうなものがあったら電車から捨てられたゴミであろうと、トイレに残されたちり紙に書かれた文字だろうと収集したそう。北の人たちと直接対話できるような環境ではなかったけれど、そういう努力を積み重ねて理解を深めようとしたと言っていた。同じ場所にいて同じものを見ても、何もそこから発見しない人もいれば、石さんのように目をこらして耳を澄まして多くのことを発見する人もいるんだなと思った。自分もそうありたい。
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日曜日、友達が知らせてくれて東京朝鮮中高級学校の文化祭(日朝交流 朝日祭)に遊びに行ってきた。朝鮮学校を訪れるのは春に枝川の小学校でお花見に参加したのが初めてで今回は二回目だった。朝鮮学校の学生や家族を対象にした文化祭だと思っていたらそうではなくて日本の学校と共同で公演・展示もあり、日本人の来客者も多く、「朝日祭」と名づけられている意味がしばらくしてわかった。
少し遅く行ったので焼き鳥しか食べれなかったのは少し残念だった(焼肉とかもあったようだ)。民族衣装試着コーナーや民族文化体験のコーナーなども日本の学校の文化祭にはないのでとても珍しく思った。グランドではラグビーやサッカーの試合が行なわれていた。体育館(ホール)で文化公演を見た。朝鮮学校の学生による朝鮮舞踊、ブラスバンド、合唱と日本の学校の学生の和太鼓の公演を見た。舞踊にうっとりした。みんなこの日のために一生懸命準備したのが伝わってきてエネルギーをもらった。観客も盛り上がっていて楽しんでいた。女子学生のチマチョゴリ姿はすがすがしく、帰りについ声をかけておしゃべりしてしまった。可愛い。
朝鮮学校の学生と日本の学生が協力し合って開かれる文化祭。準備の過程で互いに理解を深めていくんだと思う。中高生から学ぶことって多い。大人がメディアに翻弄されて話したこともない相手に敵意を募らせているのがあまりにバカバカしく思えてくる。
土曜日は『北朝鮮の日常風景』(コモンズ)出版記念・石任生写真展に行ってきた。石任生さんがスライドを使って一枚一枚丁寧に写真の説明をしてくれました。内海愛子さんのお話もありました。KEDOの軽水炉建設の記録写真家であった石さんは7年間新甫市で暮らし、チャンスをねらっては市民の日常風景を写真におさめてきたそう。自由に撮影ができたわけではなく、見つかれば危険なことは承知で「隠し撮り」をしたわけれだけれどそこまでして写真を撮っておこうと思ったのはもちろん北朝鮮の人たちの日常の様子を外部の人たちに知ってもらうのもあるけれど、北朝鮮の人たちもいつかこの写真を見る日が来たらこの記録写真をありがたく思ってくれるだろうと考えてのこと。

石さんは北朝鮮にいる間、言葉の違いや習慣の違いなど気がついたことは何でもメモをして記録し常に学んでいたとのこと。一緒にKEDOの事業に参加した韓国人の中では全くそういうことに関心を向けない人も多かったようだが、石さんは何か情報が得られそうなものがあったら電車から捨てられたゴミであろうと、トイレに残されたちり紙に書かれた文字だろうと収集したそう。北の人たちと直接対話できるような環境ではなかったけれど、そういう努力を積み重ねて理解を深めようとしたと言っていた。同じ場所にいて同じものを見ても、何もそこから発見しない人もいれば、石さんのように目をこらして耳を澄まして多くのことを発見する人もいるんだなと思った。自分もそうありたい。
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日曜日、友達が知らせてくれて東京朝鮮中高級学校の文化祭(日朝交流 朝日祭)に遊びに行ってきた。朝鮮学校を訪れるのは春に枝川の小学校でお花見に参加したのが初めてで今回は二回目だった。朝鮮学校の学生や家族を対象にした文化祭だと思っていたらそうではなくて日本の学校と共同で公演・展示もあり、日本人の来客者も多く、「朝日祭」と名づけられている意味がしばらくしてわかった。
少し遅く行ったので焼き鳥しか食べれなかったのは少し残念だった(焼肉とかもあったようだ)。民族衣装試着コーナーや民族文化体験のコーナーなども日本の学校の文化祭にはないのでとても珍しく思った。グランドではラグビーやサッカーの試合が行なわれていた。体育館(ホール)で文化公演を見た。朝鮮学校の学生による朝鮮舞踊、ブラスバンド、合唱と日本の学校の学生の和太鼓の公演を見た。舞踊にうっとりした。みんなこの日のために一生懸命準備したのが伝わってきてエネルギーをもらった。観客も盛り上がっていて楽しんでいた。女子学生のチマチョゴリ姿はすがすがしく、帰りについ声をかけておしゃべりしてしまった。可愛い。
朝鮮学校の学生と日本の学生が協力し合って開かれる文化祭。準備の過程で互いに理解を深めていくんだと思う。中高生から学ぶことって多い。大人がメディアに翻弄されて話したこともない相手に敵意を募らせているのがあまりにバカバカしく思えてくる。
雨が降る
一ヶ月ぶりの更新になりました。一ヶ月も更新しないなんて初めてのことです。覗いてくれた皆様、すみませんでした。住環境が変わったせいか何だか書けずにいました。いつの間にかもう6月で、雨がよく降りますね。私の毎日は相変わらずのんびりしています。精神は安定していてなかなか穏やかです。読書がはかどります。エスペラント関連の本、沖縄関連の本をいくつか読みました。朝鮮のエスペラントの先駆者である金億という人物に大きな関心を持ちました。植民地期の朝鮮のエスペラント運動についてもっと知りたい。沖縄については『前夜』で紹介されていた『わんがうまりあ沖縄―富村順一獄中手記』(1993、拓殖書房)、新川明『反国家の兇区 沖縄・自立への視点』(1996、社会評論社)、あと目取間俊さんの『沖縄「戦後」ゼロ年』(2005、NHK出版)などを読みました。自分が沖縄の歴史について、沖縄で日本国家(権力)と闘う人たちについてあまりに何も知らなかったのを恥ずかしく思いました。これからも勉強していきたいです。
昨日からゴンチャロフの『オブローモフ』を読んでいます。電車の中でつい笑ってしまいました。あと中塚明『現代日本の歴史認識―その自覚せざる欠落を問う』(2007、高文研)を読んでいます。
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知人から『ウリハッキョ』という映画の上映会のお知らせがありました。韓国では大ヒットだったようです。→関連記事
http://urihakkyo.blog105.fc2.com/(日本公式ブログ)
http://www.urischool.co.kr/ (韓国公式サイト)
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ソローが「お金をたくさん持つほど徳は少なくなる」というようなことを書いていました。印象的でした。2007年も後半に突入ですね。良い日々を送りたい。
昨日からゴンチャロフの『オブローモフ』を読んでいます。電車の中でつい笑ってしまいました。あと中塚明『現代日本の歴史認識―その自覚せざる欠落を問う』(2007、高文研)を読んでいます。
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知人から『ウリハッキョ』という映画の上映会のお知らせがありました。韓国では大ヒットだったようです。→関連記事
http://urihakkyo.blog105.fc2.com/(日本公式ブログ)
http://www.urischool.co.kr/ (韓国公式サイト)
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ソローが「お金をたくさん持つほど徳は少なくなる」というようなことを書いていました。印象的でした。2007年も後半に突入ですね。良い日々を送りたい。
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